金融や経済の最終的なゴールは利益を生み出すことで、その利益が理想的な庇護を生み出すことができるのだとアメリカ人は信じている。移民の国であるアメリカはいつもどこか寂しそうだ。彼らの理想は昔も今も幸福な家庭と人間関係だ。だが日本には、それが幻想に過ぎないとしても、幸福な家庭と人間関係だけは最初からあった。日本人は民族として国を追われたこともないし、他国に蹂躙されたこともない。良質とされる集団に属することができさえすれば、この国では幸福な家庭や人間関係は自明のものだった。その集団の質や価値観は、家族から国家まで基本的には同じで、誰もが、誰かから庇護され誰かを庇護するという感覚を持つことができた。アメリカ型競争社会を導入するということは、共同体からの無条件の庇護が失われるということなのかも知れない。近代化のためという国民的なインセンティブがなくなって、日本人は庇護し庇護されるという関係性を放棄しようとしている。それは経済が要求することで、つまり不可逆な歴史であり現実だから、どんなに嘆いても昔に戻ることはできない。大前提的な庇護を失い、個人が個人として生きるようになるという概念をまだ日本人は持つことができないでいるが、共同体と個人の関係性だけはなし崩し的にすでに変わりつつある。誰かに何かをしてあげたい、誰かに何かをしてあげることができる存在になりたいという思いが、どれだけ普遍的で、切実なものかをこれから日本人は思い知るようになると思う。
…面白い小説でした。 この小説を10年以上前に書いてたってのがすごいね。村上龍。 ![]() 何度もこのブログでも書いてきましたけど、ボキの演題はどう考えても『理学療法学研究としての意義』が欠けてるもんでね。 厳しいだろうなぁ、と思いつつ。 この度、第45回日本理学療法学術大会に演題申し込みいただきありがとうございました。 あの…査読結果って、普通こんなものなの? どの部分が不採択となった理由か、ってことは教えてくれないの? ま、その理由はだいたい想像はつくわけなんだが。 まぁやっぱり理学療法の学会ではボキの考察のテーマが上手く収まらないということはよく解ったんで、次は10月の山形で開催されるリハケアに演題登録してみます。 そっちでも不採択になったら…いよいよ日本笑い学会で発表やな。 ![]() ボキ、全国のPTに伝えたいんです。 落語したら、患者さんとの絆が深まるよ、って。 で、去年4月に芸名を頂戴したときに、考えました。 何らかの形でこの関わりを公表しなければならない。 思いついた方法は2つありまして。ひとつは理学療法の雑誌に投稿する。 もうひとつは全国学会で発表する。 結局選んだのは雑誌への投稿。 だって全国学会で発表しても、1500題もある発表に埋もれてしまいそうな感じがしまして。 で、去年4月にPTジャーナルって雑誌に作文を投稿してみました。 すると、1週間ほどで編集部からハガキが。 『お原稿につきまして、たしかに受領いたしました。審査結果は2カ月ほどでお知らせできる予定です』 そこから2カ月。今度は配達記録の封筒が届きました。 『過日弊誌にご寄稿いただきました論文につき、編集委員会にて審査いたしました結果、下記の指摘がございました。 ・臨場感が出るように、実際にどんな話でどんなふうにうけたのかを加筆し、全体の書き直しを検討してください。 ・落語を演じている風景の写真があれば追加してください。』 …どんなふうにうけたのか、って。 うけてないけどな。いっつも。 で、ええ写真が無かったから、そのために病棟落語会を開催しましたよ。 そりゃもうあんた、ジャーナルに自分の文章を掲載してもらえるなんて、多分ボキのPT人生では最初で最後のチャンスですからねぇ。 で、原稿も急いで書き直して。送ったところ。 再び編集部からハガキ。 『お原稿につきまして、たしかに受領いたしました。審査結果は3カ月ほどでお知らせできる予定です』 …どれだけ審査すんねん。 そこから3カ月。その間、これで審査の結果やっぱり掲載できません、てなことになったらショッキングすぎるので、一応全国学会の準備も進めることにしまして。 あ、そういえば査読の結果、そろそろやなぁ。 でね、忘れもしない10月21日。 郵便受けに医学書院から1枚のハガキ。 震える指でペリペリと情報保護用のシールをはがすと。 『過日ご寄稿いただきました下記のご論文は、小誌編集委員会にて採択が決定いたしました。掲載が近づきましたら、構成刷りをご郵送いたしますのでその際は著者校正をお願いいたします。』 で、その校正刷りとかいうのがついに手元に届いたんです。 何事もなければPTジャーナルの3月号に掲載されます。 校正刷りを見てたらいよいよ実感が湧いてきた。 さて、この文書を読んで、どこかの病院とか施設のPTが反応してきてくれたら面白いんやけどなぁ。 最近ね、ヘミングウェイの老人と海、を読んだんですよ。年老いた漁師がでっかいカジキを釣り上げるって話なんですけどね。 名言が出てきます。 それをやりに俺が生まれてきた。そのことだけを考えればよい。 って。 いやぁこの漁師のおっさんが格好いいんだ。 それをやりに生まれてきた。 …ええ言葉やなぁ。 せやけど肝心の『それ』が見つからないんだよね。 ボキにとっての『それ』は何なんだろう、と。 たまに、そんなこと、考えません? 考えたからどうなるってわけじゃぁないんだけれども。 さて、そこで先日の病院見学の話に戻るわけですけれども。 近森辞めて、こっちに戻ってくることを決めたとき、特にどんな病院で働きたいって希望があるわけじゃぁなかったんです。 5年間、特に自分のスキルを磨いてきたわけじゃないし。 川西から通える範囲で、とりあえず近森の看板が通用しやすい回復期を探したら、ちょうど新規オープンの病院があったから、って程度。 でも働いてみると、通勤の1時間が意外と負担ということに気付きました。 定時に仕事を終わらせても、保育のお迎えは結局かみさんに任せざるを得ないし。 だんだん亮介氏が小学生になる日が近づいてくると、一体どんなことになってしまうのか? そう考えて、まずは近くの病院を見学してみたわけですよ。 200床規模の急性期病院。 PTは10人居るか居ないか、OTとSTが2~3人くらい? 午前は外来中心、午後はベッドサイド中心に整形と中枢を半々で診る。 案内してくれた科長さんは感じのええ人やったし。 スタッフルームの雰囲気もよさそうな感じ。 何より家から近い。 …けどなぁ。 急性期って、落語がやりにくそうなんだよなぁ。 いや、職場に求める条件っていろいろあると思いますけど。 給料とか、休日の多さとか、学術的な活動が熱心だとか…いろいろ。 今回、病院見学して初めて分かったことがありまして。 ボキの中で、病棟落語というものの占める割合が非常に高まっているということ。 これは今回病院見学してみて初めて分かったような感じです。 しかし、そんな理学療法の本質とはかけ離れた要素が職場の選択を大きく左右してもよいものなのか。 そのうち落語なんて飽きて辞めちゃうんじゃないのだろうか、とか。 そしてやっぱり気付いたときにはすでにこの病院の求人は締め切られているのだろう。 で、冒頭の老人と海、に話が戻るわけですけれども。 『それ』って、ボキにとっては何なんだろう。 それ、の部分をいろいろ入れ替えて考えてます。 理学療法士としていろんな患者さんの身体機能の回復をお手伝いするために俺が生まれてきた。 理学療法士としてお給料を稼いで子供たちを育てつつ、時々オナヌーするために俺が生まれてきた。 理学療法士として落語を演って患者さんをわらかすために俺が生まれてきた。 …エンドレスな悩みなわけです。 さてそろそろ朝飯にします。
ボキが現在勤めてる病院、昨年開設されたばっかりなんで、昨年度はほとんど実習生が来ることはありませんでした。
バタバタしてて、とても学生を指導できる環境ではなかったもんで。 今年度からはパラパラと実習生が来てます。 今もね、とある学校から見学実習の学生が来てたりします。 その学生さん、一度大学を卒業して、就職して、そして現在理学療法士になるべく専門学校に通っています。 まぁよくあるパターンです。 でもね、その学生さんの学歴が、すごい。 落ち着いて聞いてくださいよ。 その学生さん、 東京大学 理学部卒業 なんです。 いやぁすごい。 すごくない? ボキ、世間が狭いんで、まず東大を卒業したってヒトを見たこと自体が初めて。 きっと進学校に通ってたら同級生が東大に行ったなんて話があるかもしれませんが、中堅校だったもんでそんな話もなかったです。 東大生なんて、もう想像上の生き物。 それが、実習生ですよ。 理学療法士になるんですって。 東大理学部出て。 その後理学療法士。 ボキね、別に自分の就いてる職業を卑下するつもりはないんですよ。 本当やりがいのある仕事だと思うし。 けどね、東大卒業してから理学療法士になるって話を聞くと、素直に思ってしまうんです。 わざわざこんな仕事を選ばなくても …なんて。 いや、その学生さんが個人的にどうこうって話じゃぁないんですよ。 そこは誤解しないでください。 いやしかしなぁ… ボキもこれまでいろんな理学療法士と出会ってきましたけど、学歴で言うと地方の国公立大学を卒業したってヒトくらいが最高偏差値だったかなぁ。 旧帝大卒ってヒトには会ったことがなかったですね。 あなたの周りに東大卒業したヒトっています?
8月から取り組んできた落語に関する研究。
ようやく抄録が完成し、本日抄録を登録できました。 本当はもうちょっと丁寧にデータを取って、ボキの落語の効果について明確にするつもりだったんですが、まぁ何かとバタバタしてまして。 興味のある人だけ目を通してみてください。 【目的】 近来、笑いが健康に与える影響について様々な研究が行われており、医学的効果だけではなく医療従事者が患者と良好な関係を構築する上での有用性についての報告も散見される。しかし理学療法士がレクリエーションとして患者に笑いを提供することでどのような効果がもたらされるのかについての報告は少ない。当院では理学療法士が中心となり病棟での落語会を定期的に開催しており、それにより患者の笑顔が増えるだけではなく信頼関係を高めることが可能になるという実感を得ている。そこで今回、理学療法士が落語を演じることが回復期リハビリテーション病棟入院患者の心理状態およびQOLに与える影響を調査し、若干の知見を得たので報告する。 【方法】 当院4階病棟に入院中の患者42名中、質問に自らの判断で回答できる者19名を対象とした。性別は女性12名・男性7名、平均年齢は75.5±11.7歳、原疾患は脳血管疾患10名・整形外科疾患9名、HDS-R平均得点は24.7±3.9点であった。2009年8月22日から28日に合計4度の病棟落語会を開催し、開催期間前後での身体的側面と精神的側面のQOLの変化を比較するため8月14・21・28日にSF-36v2(アキュート版)を使用した調査を行った。またQOL評価終了後に面接調査を行い、落語を演じた理学療法士に対する印象の変化などを尋ねた。面接は落語の演者ではないスタッフにより行い、匿名での記録であることを伝えた上で行った。落語会は午後5時30分より行い、毎回異なる演目を同一の理学療法士が演じた。統計学的検定には一標本t検定を使用し、危険率5%を有意水準とした。 【説明と同意】 すべての対象者には研究の内容を説明し、参加することの同意が得られた。 【結果】 対象者19名のSF-36v2下位尺度得点を集計した結果、落語会開催前である8月14日と21日との比較において有意な変化は見られなかったが、開催後である8月21日と28日の比較では精神的側面の健康感を表す「全体的健康感」で有意な向上が認められた。同期間でFIMの運動項目の得点に有意な変化は無かった。転帰先の決定している群と未定の群に分類すると、両群において開催前の有意な変化は見られなかったが、決定群では開催後に「全体的健康感」と「心の健康」で有意な向上が認められた。未定群では「活力」「社会生活機能」の2つの尺度で有意な低下を見せた。面接調査では19名全員が『落語が楽しかった』と答え、13名が落語を演じた理学療法士との親密度が増したと答えた。 【考察】 落語会開催後に精神的側面の下位尺度の有意な向上が認められたことから、病棟での落語会が患者のQOLを向上させた重要な因子であると思われる。しかし転帰先未定群では落語会の有無に関わらず一部の下位尺度で低下を示しており、回復期リハビリテーション病棟入院患者にとって、転帰先を早期に決定することの重要性が改めて確認された。面接調査からは、落語を通して理学療法士と患者との親密度を上げる効果があることがわかった。井上は、笑いには辛い時でも気が楽になる「浄化作用」、広い視野で複眼的な見方を可能にする「解放作用」、また共に笑いあうことにより親密感の増す「親和作用」があると述べている。落語会を通して笑う機会が増えたことで、多くの対象者の精神面にこうした効果がみられたものと思われる。 【理学療法学研究としての意義】 我が国の医療現場ではレクリエーションは余暇活動として捉える傾向が強く、その治療効果は着目されてこなかった。近年小児領域においてホスピタルクラウンなどの活動が認知されつつあるが、この場合笑いを提供するのは医療従事者ではない第三者であることが多いように思われる。早川は笑いの種類と発話者の属性とのクロス分析を行った結果、最も良く見られる種の笑いは、より親しい関係にある者との間で頻繁に出現することを実証している。回復期リハビリテーション病棟において理学療法は全ての症例に処方されることが多く、我々は日々のトレーニングの時間を通して患者と親密な関係を築きやすい立場にある。このことから筆者は、理学療法士によるレクリエーションは、患者のQOLを大きく向上させうる可能性があるのではないかと考えている。今後、演者の違いによる治療効果の比較についても調査を行い、理学療法士によるレクリエーション活動の意義を明らかにしてゆく予定であり、今回の研究はその治療効果が明確になった点に意義があると考える。 …結局今回のデータじゃぁ、理学療法士が落語をすることの意義は全く明らかになってないんですよね。 だから最後の【理学療法学研究としての意義】、って部分を妄想で書き上げるのに苦労しました。 査読の結果が出るのが来年2月中旬だったかな。 もし落選したら…日本笑い学会あたりに持っていこう。
タイトル:担当理学療法士の演じる落語が入院患者のQOLに及ぼす影響
発表予定学会:第45回日本理学療法学術大会(2010年5月) 研究目的: 近年、健康維持のための介入方法の一つとして『笑い』に効果があることが明らかになってきている。当院においても理学療法士が中心となり、病棟での落語会を定期的に開催している。本研究では、理学療法士が病棟において落語を演じることが対象者のQOL向上につながるかを検討する。 研究方法: ①対象者 当院に入院中の患者で質問に自らの判断で回答できる者50名を対象として選出する。 ②実施概要:3階病棟と4階病棟において1週間に4度の病棟落語会を開催する。2階病棟の患者については対照群として特別な介入は行わない。(介入を行わない対照群に関しては、希望者に対して研究後に病棟落語会の機会を設ける) ③評価項目 SF-36v2 アキュート版を使用し、病棟落語会実施前後での身体機能面および精神面での健康関連QOLの変化を評価する。 この研究を通して明らかになること: 我々の仮説では、落語を聴いた患者群のQOLが有意に向上すると予測している。特に演者である理学療法士がセラピストとして接している病棟の患者群においてより有意な向上が見られるものと思われる。 この研究を通して、病棟においてレクリエーションを行う際には、普段からスタッフとして接している者が行うことに、より高い効果があるということが明らかになる。 …なんて研究を本気でやりはじめました。 以前にも書きましたが、ボキ自身は、『患者さんとの絆』を深めるために落語をしてるつもりなんです。 きっと、互いの信頼関係は確実に深まってると思うんですよ。それはちょっと自信あります。 でもね、自分の落語で患者さんのQOLがあがるかなんて、わかりません。 ま、上がってなかったらそれはそれで一つ新しい発見かな、と。 で、今週末からいよいよ病棟落語会なんですけどね。 昨日、病院の職員に新型インフルエンザの感染者が出まして。 院内は非常にバタバタしております。 感染が拡がりませんように…
ボキの職場は、敷地内で温泉を掘削してましてね。
大浴場なんかで使ってるそうです。 で、足湯なんかもあります。 ![]() ものすごい天気が良くて、屋外歩行訓練のついでに、患者さんと一緒に足湯をしてみました。 ![]() 六甲山系の温泉なんで、有馬温泉同様鉄分豊富です。 かなり気持ちよかった。 入職した当初はね、こんな設備を作って、病院はホテルとかレジャー施設じゃねぇんだよ。 なんて思ってたけど。 気持ちいいから、ありやな。
ボキ、講演なるもので感動してナミダを流したことが1度だけあります。
2008年3月28日。 PTの高知県学会での特別講演で、四万十市で内科医をされている小笠原望先生のお話。 素直に感動して泣けました。 この日で高知を去る日、っていう状況で、まぁ普通の精神状態じゃぁなかったのかもしれない。 けどね、それくらいすばらしい講演だったんです。 内容はね、 ・病院に入院してる患者さんは、医者・看護師・セラピストよりも弱い立場にあって、なかなか本音でしゃべりにくい ・我々は患者さんの苦しみ・切なさをどれだけ解ってあげられるのか ・もっと優しい言葉で患者さんと話すことが大切 って感じ。 で、中でも一番ボキのハートが揺すぶられたのがこの言葉。 『患者さんと医療従事者は抱き合う関係である』 『患者さんを惜しみ無く言葉で抱きしめてみる』 …うん、なんか、すごい衝撃だったんですよ。 で、すぐにネットで小笠原先生の著書を購入。これ、高知新聞の健康面に連載されていたエッセイをまとめた本なんですけど。 ボキの一番好きな部分、一部抜粋してみます。 『科学と芸』ってタイトルなんですけど。 病気が遺伝子で起こることが分かっても、今日の腰痛にはなんの役にもたたない。こころが軽くなるのには、どんな理屈よりもひとの優しさと雨が上がるのが一番だ。 この部分は何度も何度も読み返しています。 ボキもこんなやさしいことを言える人間になりたい、と思っています。 で、ここからが本題。 この本の最後の章『無事、完走』。 再び抜粋。 医療ミスや事件が、繰り返して報道されるようになった。医療は患者さんのいのちにかかわる仕事だから、ミスは許されるものではない。ただ、その報道を読むたびに何かひっかかるものを感じる。 さて、だんだんとまとまりのない記事になってきたので強引にまとめに入りますが。 ここで小笠原先生が書かれていることと、こないだ紹介した『偽善の医療』の著者が書いていること。 表現の仕方が大分違いますが、医者と患者がどういう関係であるべきか、その根本的な部分ではかなり共通するものを感じるんですよ。 患者さんなのか、患者さまなのか。 まず大前提として、病院という特殊な環境において、患者は弱い立場にあります。 よりよい関係を築くために、医療従事はもっと患者の気持ちを理解する努力をしなければならない。 患者さんを言葉で抱きしめられるようになりたい。 じゃあそのためにはどうするべきなのか。 そこで厚労省が言い出したのが、 『患者さま、って呼ぶようにすれば丁寧に感じるんじゃない?』 って部分に、なんだか非常に情けないものを感じるんですよ。ボキは。 そうじゃないだろ?って。 そこを変えることで、患者と医療従事者の関係がより良いものに変わるとは思えないんです。 もっとやるべきことがあるはず。 …で、セラピストが患者さんの前で落語をすることが、ボキにとっては、その、やるべきこと、と信じてるんですけどね。 あ、まとまりきらんかった。 続きはまた明日にでも。
昨日の『患者さま撲滅運動』の記事の最後の1行、
『アメリカみたいな医療制度になったときに、ちゃんと金持ちに選んでもらえる技術を身につけておかなければ』 について.net氏から質問があったので追加で記事を書いておきます。 『偽善の医療』の内容の続きになっちゃうんですけどね。 なんで『患者様』という表現が唐突に出現したかというと、2001年に厚労省が 「患者の呼称は様を基本とすべし」 ってバカ丸出しの通達を出したらしいんです。 じゃあ厚労省はなんでこんなどうでもいいコトを言い出したのか? ここから先は予測なんですけど、おそらく日本はいずれアメリカのような、市場主義に振り回される医療システムになります。 普通の商売と同じように、「お金をたくさん払ってくれる患者が、良い患者」という世界です。 同じ本にこんなエピソードが載ってます。 アメリカでの大きな国際学会の会場で、突然、黒人の太った掃除のおばちゃんが倒れた。かけつけて救急処置をしようとしたのは、そこにいた日本人の出席者ばかりだった。圧倒的多数のアメリカ人医者は知らんぷり。あとから日本人の医者が聞かされたのは、そういう患者は大体支払い能力がないので、関わらないようにするのが普通だということであったそうだ。 日本の医療がこんな世界になっちゃっていいのか。 当然、いいはずがない、とボキは思う。 けど、何でもアメリカのマネっこしちゃうよね。日本。 そんなボキもコイズミさんのころはあのフィーバーに喜んで乗っかってたけど。 まあ兎に角日本も少しずつ、医療に市場主義を取り込んでくはず。 だからね、特にボキたち団塊ジュニア以下の世代は、まともな医療を受けたいと思うなら、資金を用意しておかないといかんと思ってます。 ボキらの世代が大量に入院し始める40~50年後には、貧乏人は野垂れ死ぬ社会になってると思うから。 で、ちょっと論点がずれたけど、いずれリハビリの世界にも市場主義が導入されるとどうなるか。 しょぼい技術のPTは淘汰されていく。 上手いPTは…例えば長島茂雄氏と専属契約を結んだPTのように、金持ちに対して高い技術を提供する。 そんなん…イヤやけどなぁ。 でも仕方ないよね。 おそらくそうなっていく。 その世界で、生き残るために、ちゃんと選んでもらえる技術を身につけないといけないんだなぁ。 と、そういう意味ですわ。 そこで患者様撲滅運動の話に戻すとね。 そもそも患者さまとはなんであるか。病気になったときに人は偉くなるはずはないので、「様」というのは、医療サービスの提供者である医療者が、顧客である患者に対して「お客さま」として、「この病院を選んでくださって(そして診療を受けてくださって)ありがとう」という意味で使うことになる。どうして「診療をうけてくださってありがとう」なのか?医療行為で病気が良くなるのであれば、当然利益は患者側にあるので、ありがとうと言うのは患者側であろう。これが人間社会の常識であると、私は思う。 面白い本でしょ? まあ一度読んでみて。 第15章『贈り物は喜んで受け取るべきである』なんかも必読です。 < 前のページ次のページ >
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